1. ヨーロッパのドライクリーニング溶剤の推移

 ヨーロッパ各国もかつては、ドライクリーニング溶剤として日本と同様の、低引火点の石油系溶剤(以下、「石油」と言う)が使用されていました。しかし、作業者や近隣への火災の危険性から石油の使用をやめ、不燃性のテトラクロロエチレン(以下、「パーク」と言う)あるいはフッ素系溶剤(以下、「フロン」と言う)に変更されました。

当時、フロンは不燃性で、人体に無害で、理想的なドライクリーニング溶剤と言われていました。特に1980年代には、ドイツ、イギリス、フランスなどヨーロッパ各国のドライクリーニングで使用される溶剤は、パークとフロンのみで、石油がゼロとなりました。

その後、パークの環境汚染問題、フロンのオゾン層破壊問題などで、代替溶剤として石油が見直され、長期のテスト試用の結果「ハイドロカーボン(炭化水素)」として復活しました。

欧州各国及び米国で復活した「ハイドロカーボン」は、ヨーロッパの従来の低引火点の石油、同じく日本の石油とは性状が異なります。「ハイドロカーボン」は、引火点がより高く(55℃以上)、沸点は初留温度と終点温度との差が小さく、洗いから乾燥まで同じ機械で行う「ホットタイプ」の洗浄機を用い、安全性を確保した溶剤です。

日本の石油の引火点は約40℃で、沸点の範囲幅も50℃近くあり、石油機の9割は洗浄機と乾燥機が別の機械で、作業員による衣類の移動が必要です。

表 日独米の石油・炭化水素溶剤の比較

項目 日本 ドイツ アメリカ
分類 石油系溶剤 ハイドロカーボン ハイドロカーボン
商品名 ニューソルDXハイソフト TotalTDC2000 DF-2000
組成 8~C16 11~C15 11~C15
沸点(℃) 157-204 180-196 191-205
引火点(℃) 43 62 63.9
ドライ機 コールドタイプ94% ホットタイプ100% ホットタイプ100%

注)
テトラクロロエチレン:パークロロエチレンとも言う、不燃性で、油脂溶解力が大きい、塩素系の有機溶剤
フッ素系溶剤:不燃性で、浸透性が高く、乾燥速度が非常に速いことから、様々な洗浄に用いられる溶剤
ハイドロカーボン:欧米の石油系溶剤、精製して純度を高め、引火点が高く、沸点範囲が狭い石油系溶剤の呼称
引火点:着火源(火気や静電気などの火の元)を液面に近づけたときに燃焼が始まる最低温度
ホットタイプ:洗いと乾燥が1台の機械で、連続して行えるドライクリーニング機械
コールドタイプ:洗いと脱液まで行うドライクリーニング機械で、乾燥は乾燥機に移動

 

2. 現在の欧米のドライクリーニング溶剤

日本のドライクリーニング溶剤の主力は石油系溶剤ですが、欧米の主力はパークロロエチレンです。また、欧米では積極的に新しいドライクリーニング溶剤を採用しています。

①日本の石油系溶剤よりも引火点の高い炭化水素溶剤 「DF-2000(ハイドロカーボン)」
②化粧品にも使われているシリコーン溶剤 「グリーンアース( デカメチルシクロペンタシロキサン)」
③パークとハイドロカーボンの間の洗浄力の「ソルボンK4(ジブトキシメタン)」

表 欧米で使用されているドライクリーニング溶剤

製品名 パーク DF-2000 グリーンアース ソルボンK4
化学名  テトラクロロチレン ハイドロカーボン デカメチルシクロペンタシロキサン ジブトキシメタン
化学式
引火点(℃) なし 64 77 62
沸点(℃) 121 191-205 210 180.5
 KB値 90 27 13 75

次の表のとおり、ドライクリーニング溶剤として「パーク」と「ハイドロカーボン」は比較的優れていますが、「 デカメチルシクロペンタシロキサン」は洗浄性が劣り、「ジブトキシメタン」は臭気が問題です。

表 各溶剤特性

メリット デメリット
パーク ・ 他の溶剤と比較して、最も良い洗浄性を示す
・ 不燃性である
・ 人の健康と環境に影響する
・ 多くの法的制限がある
ハイドロカーボン ・ 他の溶剤と比較して、環境にやさしい
・ 脱脂力が小さく、穏やかな洗浄
・ パークより洗浄力が劣る
・ 可燃性である
グリーンアース
(デカメチルシクロペンタシロキサン)
・ 他の溶剤と比較して、環境にやさしい
・ 臭いがない
・ 油性汚れの洗浄性は不十分
・ 可燃性である
ソルボンK4
(ジブトキシメタン)
・ 他の溶剤と比較して、環境にやさしい
・ 炭化水素より洗浄性が強く、パークより弱い
・ 水溶性汚れ除去が良い
・ 仕上げや保管中に、非常に強い溶 剤臭を放つ
・ 酸化分解し、臭気を発する
・ 可燃性である

 

3. 洗濯記号の変更

2023年12月に国際規格(ISO 3758(取扱い絵表示))が改正され、ドライクリーニング溶剤として「ジブトキシメタン」と「デカメチルシクロペンタシロキサン」が認証されました。そのため、2024年8月20日、繊維製品品質表示規程が改正され、洗濯記号ⓅとⒻの意味が変更になりました。

洗濯記号の意味の変更

記号 記号の意味(変更後) 記号の意味(変更前)
パークロロエチレン又はジブトキシメタン若しくは石油系溶剤又はデカメチルシクロペンタシロキサンによるドライクリーニングができる パークロロエチレン及び石油系溶剤によるドライクリーニングができる
パークロロエチレン又はジブトキシメタン若しくは石油系溶剤又はデカメチルシクロペンタシロキサンによる弱いドライクリーニングができる パークロロエチレン及び石油系溶剤による弱いドライクリーニングができる
石油系溶剤又はデカメチルシクロペンタシロキサンによるドライクリーニングができる 石油系溶剤によるドライクリーニングができる
石油系溶剤又はデカメチルシクロペンタシロキサンによる弱いドライクリーニングができる 石油系溶剤による弱いドライクリーニングができる

 


投稿者:ポニークリーニング生産部 技術顧問 高坂 孝一 
1956年生まれ。群馬大学工学部繊維高分子工学科を卒業後、1979年株式会社白洋舍に入社。関連会社の共同リネンサプライ株式会社を経て1983年より白洋舍洗濯科学研究所に所属。2001年より同研究所所長に就任。2021年株式会社白洋舍を退職後、2022年9月よりポニークリーニング生産部の技術顧問に就任。